自由をわれらに!2007/02/11 13:09

”自由”のなくならない世界

日本国憲法では、さまざまな「自由」が謳われ、それが守られるべきであることが明記されている。

今、この憲法が変わろうとしている。そして、世間の論調は、憲法に謳われている「自由」を制限しようとしているように思える。

図書館戦争

図書館の自由に関する宣言」という宣言がある。日本図書館協会による宣言である。詳しい内容は上記ハイパーリンクを参照して頂くとして、大まかに紹介すると、次のようになる。

  • 第1 図書館は資料収集の自由を有する
  • 第2 図書館は資料提供の自由を有する
  • 第3 図書館は利用者の秘密を守る
  • 第4 図書館はすべての検閲に反対する
  • 図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

この宣言をテーマに書かれた小説が、有川浩『図書館戦争』(メディアワークス)である。

メディアに対する検閲が激化した日本で、武力を以て検閲を強行する「メディア良化委員会」と、それに武力で対抗する「図書隊」との抗争を、その中で活躍(?)する、新米図書隊員笠原郁を主人公として描いている。

この作品に見られるのは、とにかく本を、図書館を愛し、自由のために戦おう、という強いメッセージであり、自由は守られるべきである、と強く感じさせられる。

幼児性愛者に人権はない!?

で、シリーズ最新刊『図書館危機』を読んでいた際、TVで流されていたのが「小学校教師、児童ポルノで逮捕」である。

この教員について、同情もないし、弁護する気もないが、ワイドショーやニュースショーに出演している文化人とやら、いわゆる「コメンテーター」の発言には、とても危険なものを感じる。

「幼児性愛者は教師になるな」と言っているように聞こえるのだ。

僕もこの人間は教員としての適性を欠いているかな、と思うけれど、それは「幼児性愛」という性癖を持っていたからではない。それを抑えられず、違法行為、倫理・道徳に反する行為を実行してしまったからである。

「幼児性愛、小児性愛の性癖を持つものを小学校教師にするな」というのは、「生徒に手を出すかもしれない人間を教師にするな」ということだ。

これが通ってしまえば、「異性愛者の男性や同性愛者の女性は女子生徒に手を出すかもしれないから女子生徒のいる学校の教師にするな」「異性愛者の女性や同性愛者の男性は男子生徒に手を出すかもしれないから男子生徒のいる学校の教師にするな」ということになってしまう。共学校の教員が出来るのはノンセクシュアルだけになってしまうのだ。両性愛者は教師になることが出来ない。「職業選択の自由」が認められなくなってしまう。

「かもしれない」で決めてしまっては、自由などなくなってしまうのだ。

来るべき世界

上記を見て、「かもしれない」で決まるわけがないだろう、と思われるかもしれない。ところが、「かもしれない」で処分されてしまう世界が実はあるのだ。

音楽著作権の世界である。

著作権が含まれている「知的財産権」を保護しようとする目的は、知的財産を皆で共有し、権利者に利益を与えたうえで、新たな知的財産を生み出して行こう、というものである。

ところが、日本の音楽著作権管理をほぼ独占しているJASRACは、その強引な使用料の取立てと、不透明な金の処理で、問題になっている。

年に数曲しか演奏しないような場所でも月極めもしくは年ごとの高額な使用料を要求し、「使用した曲の分だけ払う」と言っても取り合わず、訴訟に踏み切る。その中のひとつで、「今後著作権の侵害をするかもしれない」として、楽器の撤去を命じる判決が出ているのである(飲食店デサフィナードの事件)。

また、ロックバンド「筋肉少女帯」のボーカルで、作家でもある大槻ケンヂ氏が、自著の中で自作の歌詞を使用したところ、JASRACに使用料を請求された、という事件もある。渋々払ったものの、その使用料は大槻氏の手元には一円たりとも来なかった、というのである。どこへ消えてしまったのか。

この大槻氏、同じく筋肉少女帯メンバーの内田雄一郎氏や、劇作家のケラリーノ・サンドロビッチ氏とともに「空手バカボン」というテクノ・ユニットで活動していた際、『来たるべき世界』という楽曲を発表している。「作詞・作曲:空手バカボン」というこの曲は、じつはYMOの『ライディーン』に詞をつけたもので、聞いた人間に強烈なインパクトを与えた。ビールのCMを見るたびに、大槻氏やケラ氏の声が聞こえてくる気がするくらいである。

こういった活動について、きちっと権利を明確にし、発展させていくのが著作権法の目指すところであり、金を集めるのは、手段であって、目的ではないのだ。大槻氏は、「空手バカボン」の楽曲を復刻する際、この曲の収録を見送っている。

昔見たSF作品で、強烈に印象に残っているものがある。タイトルや作者は忘れたが、未来の社会を描いたもので、その世界では、職業選択の自由がない。ある一定の年齢になると、適性検査を受けさせられ、強制的に仕事を決められてしまう。主人公が就いた職業は、最低ランクの職業である「芸術家」(職業の貴賤もあるのだ)。創作意欲に燃える彼は、小説、音楽などさまざまな作品を作り続けるが、すべて「盗作」と判断されてしまう。今までに使われた表現が少しでもあると、盗作とされてしまうのだ。主人公は次第に創作意欲を失っていく・・・・・・という作品だ。

どうも今の世界はこの作品の方向へ向かっていこうとしている様な気がしてならない。

今までの財産を生かし、発展させ、その中で新しいものを生み出していく。これが本当に「来たるべき世界」ではないだろうか。

来るべき世界が来られない世界2005/10/24 22:06

ナゴムコレクション

ちょっと思いついて、「来るべき世界 空手バカボン」でググってみたところ、『ナゴムコレクション 空手バカボン』というCDを発見しました。

ナゴム再生委員会というところが企画されたそうですが、肝心の『来るべき世界』は著作権者の了承が得られず収録見送り、との事。YMOもシャレがわからんなぁ。残念。

紫色のジャケットのを探すしかないのか。